【メモ】『高校生からわかる原子力』 池上彰著 2019年10月3日

第1講

ウランの原子核に中性子を当てると、原子力が分裂してさらに中性子が発生する。これらの放出される。これを繰り返すと核分裂が発生する→連鎖反応
核分裂のたびに膨大なエネルギーが発生するから瞬時に惹き起こせば極めて威力の高い爆弾を製造できる→原爆
エネルギーを発電として使う→原発
仕組みは一緒
人類初の原子爆弾実験:1945年7月
WW2中のドイツはチェコスロバキアのウラン鉱山を支配していた➕ウランの対外輸出禁止にしていた→ドイツよも先に原爆を!:アインシュタイン=シラード書簡→米国は国家プロジェクトとして原爆を開発した(マンハッタン計画)→実際はドイツの研究は進んでいなかった→ルーズベルトに中止を呼びかける書簡(だがルーズベルトは死亡)
→トルーマンが日本に原爆を投下することを決断
一方で日本も原爆の研究をしていた
陸軍:理化学研究所
海軍:京都帝国大学(ウラン濃縮の設計段階)
→戦後は原子力研究は禁止になった
マンハッタン計画:
原爆の設計と製造の総責任者 ロバート・オッペンハイマー
場所 ニューメキシコ州ロスアラモス研究所(原爆製造工場)
核実験場 アラモゴード
当時で20億ドルの予算がつぎ込まれた(税金だけど一切秘密)
ウランはアフリカのコンゴから輸入
軍産複合体が形成されるきっかけとなった

第2講

広島型:ウラン235(天然ウランの0.7%)、ウラン238(核分裂起こさない)→235だけを取り出して濃縮する(濃縮度92%以上)(作るのが難しく予備がなかった)
長崎型(爆縮型):原子炉でウラン238に中性子を当てるとプルトニウム239に変化する→プルトニウムを小分決して球状に配置する。プルトニウムに起爆剤を添えて火薬を同時に爆発させてプルトニウムを中心に集め臨界量にして核分裂を起こす(爆縮)
水爆の実験
アメリカ・ソ連のみならず、イギリス、フランス、中国(核製造工場は四川省が中心)が核実験開始
イギリス・フランスはロスアラモス研究所で働いていた自国の研究所からの情報によって核開発を行うことができた
ドイツは第2次世界大戦中爆弾を搭載したロケットを開発→V1ロケット→ロケット技術がアメリカとソ連に使われた ユーラシア大陸間を飛ぶから大陸間弾道ミサイル
核抑止力:Mutual Assured Destruction(相互確証破壊)の理論→どちらが先に攻撃しても結局両方とも絶滅する。
ケネディ大統領の「ダモクレスの剣」という表現
核拡散防止条約NPT):核を5カ国で独占する条約
CTBT(包括的核実験禁止条約):核爆発実験を禁止、しかしアメリカとロシアは核爆発をともわない臨界前実験を行なっている。
臨界前実験:臨界に達しない量のプルトニウムを火薬の爆発で圧縮し、プルトニウムを火薬の爆発で圧縮し、プルトニウムがどのような反応を示すかを実験している

第4講

アイゼンハワー大統領が唱えた「Atoms for Peace」:米国が全ての原子力技術を一括して管理する世界体制を作ろうとしていた。
読売新聞社が原子力の平和利用(原子力発電)を喧伝 社長である正力松太郎→権力志向、世論操作に長けている
直後に第5福竜丸事件が起きる→アメリカがビキニ環礁で行った水爆実験によって乗員が被爆し、死亡した
その後も読売新聞は原子力展や博覧会(アメリカ広報庁も協力)などを開いて原子力の平和を訴えた→その後の世論では原子力の利用は肯定的に捉えられるようになった

第5講

中曽根政権では、巨額の原子力予算(原子炉築造費)がつけられるようになった(裏でアメリカの組織が動いていた?)、将来的に核武装できるような能力を保持しておきたかった?
アメリカから日本へ濃縮ウランの無償供与→
1956年に原子力委員会が設立(初代委員長は正力松太郎)供与された濃縮ウランの受け入れ先として作られたのが日本原子力研究所(原研)、

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